2年前 セドナへの旅の途中に読んでいた
河合隼雄さんの”ナバホへの旅 たましいの風景”(朝日文庫)
今朝、ふと気になってパラパラっと読み返しています。
開いたページが、きっと今の私へのメッセージ。
ナバホのメディスンマンは、儀式や治療のために、チベット仏教のマンダラのような
砂絵を描くのだそうです。
ナバホにとっても、チベットの人にとっても、自己と宇宙の調和、が重要なテーマ。
これはすべての人にとって、そうだと思いますが。
マンダラに表現される、全体性と調和。
全体と一部、一部と全体との関わり、自分と他との関わり。
どちらかが、またはどれか一つが欠けても、美しさは成り立たない。
今、ここの一瞬を創り出すために存在している、すべて。
ここ最近、個人的なテーマである「分離と統合」という観念。
なぜ私たちは、「繋がっている」と嬉しいのか?
昔から、ふと脳裏に浮かぶ縄文土器やケルトの文様
また最近よく気になっている「13の月の暦」。
ぐるぐる渦を巻きながら、上昇しているイメージ。
直線のぶつ切りではなく、始まりも終わりも分らないようならせん状の何か。
そこから繋がるのが、去年1人で観にいった
ドキュメンタリー映画 「1/4の奇跡~本当のことだから~」
(ちょうど今、下北沢のTOLLYWOODというミニシアターで上映中みたいです。)
今この瞬間が奇跡だということ、いのちが全て繋がっているということ、
ひとりひとり違っているから 素晴らしいんだ、ということ!感謝の映画。
出演者の1人である、バイオテクノロジーの権威で筑波大名誉教授の村上和雄さんの著作、
「アホは神の望み」(サンマーク出版)
面白かったです。とても勇気付けられる内容。
純粋なアホでいられることは難しいね。
アホのフリならいくらでも出来るけれど。
大切な友人に、私のそらに太陽がやってきたよと伝えたら、
彼女が「たいようオルガン」という絵本を送ってくれました。
太陽の絵本にそらは大喜び!
声に出して楽しそうに読んでいます。
誰かの優しさがこんなにも誰かを幸せにする!
私にとっても、目からウロコという感じの絵本でした。
なんだかすごい、すごいぞ。
爆発してる、そう、生命がいきいきと爆発してる!そんな感じ。
愛しい姪っ子や甥っ子にインスパイアされて創作することもある、と言った彼女。
創作するということはきっと、愛するということ
太陽からマンダラに繋がった?
そんなつれづれを想う、土曜日の昼下がり。
2009年7月2日木曜日
美しさ
自分へのメッセージは
ほら、日常のいたるところに
強くなりたいと思っていたけれど
強いということは同時に
弱いということでもあり
弱さを受け止める強さ
強さを受け止める弱さ
弱いも強いも
それだけでは成り立たない
だから
これからは 美しさを目指そうと思う
美しいの反対は
美しくない?
美しくないって何だろう?
大丈夫 すべては
すべては 私の こころ が知っている
私のハートが
私の心臓が
私の鼓動が
天と地の交差する場所が
そう 感じるままに
本当に辿り着きたい場所は
美しいところ
自分を取り巻くすべてが
自分の鏡であるなら
美しさとは 自分のなかにある
自分のなかに見つからなければ
地球の反対側にまで出かけたって
見つかりはしない
でもきっと
美しさとは優しいもの
「目指す」ような厳しいものではなく
既に そこに ここに あるもの
気付く こころ 感じる こころ
自分へのメッセージは
ほら、日常のいたるところに
ほら、日常のいたるところに
強くなりたいと思っていたけれど
強いということは同時に
弱いということでもあり
弱さを受け止める強さ
強さを受け止める弱さ
弱いも強いも
それだけでは成り立たない
だから
これからは 美しさを目指そうと思う
美しいの反対は
美しくない?
美しくないって何だろう?
大丈夫 すべては
すべては 私の こころ が知っている
私のハートが
私の心臓が
私の鼓動が
天と地の交差する場所が
そう 感じるままに
本当に辿り着きたい場所は
美しいところ
自分を取り巻くすべてが
自分の鏡であるなら
美しさとは 自分のなかにある
自分のなかに見つからなければ
地球の反対側にまで出かけたって
見つかりはしない
でもきっと
美しさとは優しいもの
「目指す」ような厳しいものではなく
既に そこに ここに あるもの
気付く こころ 感じる こころ
自分へのメッセージは
ほら、日常のいたるところに
2009年6月28日日曜日
そらと太陽
大きな虹が現れた
5月の満月の 前日
早朝に
疲れきった体で
確かに 嵐の音を聞いた
その朝 生まれてきたのは
私の太陽
私の そらに
初めて 太陽が顔を出した日
この日が来ることは
幼い頃から知っていたような気がする
なぜなら
私のなかの子供は
いつだってクレヨンを握り締めて
白い画用紙に
空や太陽を
力いっぱい
描いていたから
色も形も無限に存在する
私の空に 私の太陽
あなたの空には あなたの太陽
色も形も何もかも
違っていて それで良い
ただ
私のなかの子供が
あなたのなかの子供が
これからも好きなだけ
自由に夢を描くことが出来ますように
そんな風に思った
早朝の嵐を聞きながら
いつも空には太陽が
守っているようで守られている
私の そらと太陽と
守っているのか 守られているのか
あなたの空には あなたの太陽が
5月の満月の 前日
早朝に
疲れきった体で
確かに 嵐の音を聞いた
その朝 生まれてきたのは
私の太陽
私の そらに
初めて 太陽が顔を出した日
この日が来ることは
幼い頃から知っていたような気がする
なぜなら
私のなかの子供は
いつだってクレヨンを握り締めて
白い画用紙に
空や太陽を
力いっぱい
描いていたから
色も形も無限に存在する
私の空に 私の太陽
あなたの空には あなたの太陽
色も形も何もかも
違っていて それで良い
ただ
私のなかの子供が
あなたのなかの子供が
これからも好きなだけ
自由に夢を描くことが出来ますように
そんな風に思った
早朝の嵐を聞きながら
いつも空には太陽が
守っているようで守られている
私の そらと太陽と
守っているのか 守られているのか
あなたの空には あなたの太陽が
2009年4月15日水曜日
NO TITLE
人間は皆 ペルソナ(仮面)を付けて
それぞれのドラマを演じている
本当の自分は
すり鉢の底のような円形劇場で
連日連夜 飽きもせず
悲喜こもごものドラマを演じている自分たちを
上から覗き込んでいる
そしてその背中には 羽が生え
空を自由に飛んでいたりもする
様々な「業」を背負って
すり鉢の底でもつれ合っているのも私たちなら
どこまでも限りなく広がる自由な空を
悠々と飛び回っているのも私たち
どこにも行く必要はないの
今、ここ、から動かないで
目を開き、胸を開き、深呼吸して
「今」を感じてみて
10秒先の未来が 20秒後には 10秒過去になる
時間は どこに どういうふうに 流れてる?
決して捉えられない「時」
きっとそうやって 捉えようとするから 「今」が掴めない
繰り返し続ける 自問自答
「今」の中心に沈むことを覚え
そして初めて 「時」の意味を知る
「時」には「永遠の今」しかないんだ!
私の肉体が感じているものが 「時・間」 なんだ!
「今、ここ」にしかない NOWHERE
でも、ここには 全てがある
すり鉢の底の劇場に疲れたら
少しだけ 空を見上げて
そこには必ず
「今、ここ」の底に沈む 「私」がいるから
それぞれのドラマを演じている
本当の自分は
すり鉢の底のような円形劇場で
連日連夜 飽きもせず
悲喜こもごものドラマを演じている自分たちを
上から覗き込んでいる
そしてその背中には 羽が生え
空を自由に飛んでいたりもする
様々な「業」を背負って
すり鉢の底でもつれ合っているのも私たちなら
どこまでも限りなく広がる自由な空を
悠々と飛び回っているのも私たち
どこにも行く必要はないの
今、ここ、から動かないで
目を開き、胸を開き、深呼吸して
「今」を感じてみて
10秒先の未来が 20秒後には 10秒過去になる
時間は どこに どういうふうに 流れてる?
決して捉えられない「時」
きっとそうやって 捉えようとするから 「今」が掴めない
繰り返し続ける 自問自答
「今」の中心に沈むことを覚え
そして初めて 「時」の意味を知る
「時」には「永遠の今」しかないんだ!
私の肉体が感じているものが 「時・間」 なんだ!
「今、ここ」にしかない NOWHERE
でも、ここには 全てがある
すり鉢の底の劇場に疲れたら
少しだけ 空を見上げて
そこには必ず
「今、ここ」の底に沈む 「私」がいるから
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